食べるものを薬と思って摂る
そうしないと、いずれ薬を食事の代わりに摂らないといけなくなるだろう。スティーブンジョブズ氏の言葉です。
私の祖母も今もうすぐ90歳になりますが、朝、昼、晩必ず薬を何種類も飲んでいます。
先日、会ってきたのですが、朝昼晩、飲む薬、朝と夜だけの薬、朝だけの薬、昼だけの薬、といった具合に、何種類も処方されていて、小分けにはしていましたが、これを自分で管理する事も大変、と思いました。(家族が管理するのも大変)
先日会った時も、とても小さい錠剤もあるので、何かの拍子に転がったり、何かしながら、手元の薬を無意識のうちに、どうしたかわからなくなる、飲んだか、飲んでないかわからないから、飲んでなかったら大変と、飲んだか、飲んでないかわからない薬をずっと探す、みたいな事になりました。
その前の日は、コップの裏にくっついてたそうです。小分けにしている薬を、一度テーブルに広げ確認するのですが、その時に転がるんです。ティッシュか何かの上に出せば、多少転がりにくくはなりますが、高齢になるほど、これまでの習慣は変えられないもの。時々会うくらいの孫の私は、あらあら、で済みますが、これが毎日となると、一緒に過ごす家族にしてみたら、イライラするだろうな、と思いました。
薬…。
薬という字は草冠に楽。
もともと、植物が原料としていました(漢方薬は原料はほぼ植物)植物の力で、症状を楽にすることから薬、という字はできているのかな、と思っています。民間療法でも、植物を使った方法は沢山あります。薬膳という考え方もあります。中医学では、季節や体調に合わせて、体の過不足を補う食材を使って食事をすることで、体のバランスを保つ(中庸)事が、健康維持に繋がると考えられいます。
今は、医療も化学も進歩して、特有の成分だけ抜き取ったり、化学的に人工的に大量に作る事ができるようになったので、薬も安く手に入れられるようになってしまいました。
それが、いい事かどうかはわかりませんが、健康への意識が向けられなくなってしまったのは、簡単に薬が手に入るようになってしまったからのような気がします。
ちょっと頭が痛い、風邪っぽい、これ以上ひどくならないように、とりあえず薬を飲んでおさえる。お仕事、子育て、色々なイベントで休んでられない時には、薬は頼りになります。
大事な事は、+その症状を緩和する働きの食事を摂る、睡眠をとる、頭と体を休ませる。
痛みや、風邪、その症状が出た原因を改善しないと、薬を飲んだからと言って治った事にはなりません。治ったと感じるのは、自分の自己免疫によるものです。
食べたもので身体はできています。将来、薬が食事にならないように、1食1食が薬の代わりになるものと思って摂る。薬と思うと、あまりおいしく感じられませんが、それで、体ができている、と思って、食生活を振り返るのは、大事だと思います。命には限りがあるから、その時食べたいものを、好きなだけ、美味しく食べればいい、という考えも時々は良いと思います。ですが、頻度が多ければ、内臓に負担を掛けます。
特に働き盛り、成長盛りの時は、一食一食がとても大事。量より質、質より量、どちらがいいのか、考え方にもよりますが、必要以上に摂り過ぎる事は無いのかな、と思います。薬と毒は紙一重。摂りすぎれば毒になります。
自然と共に楽に暮らす。明治時代より前の食事や生活が、一番身体には良い、という考えもあります。
シンプルな味付け、調理法の和食、ちょうどいい量の食事が、やっぱり日本人の胃腸にも身体にも優しい気がします。
薬が食事。考えただけで、ちょっとぞっとします…
