梅仕事をしながら【いただきます】編

ある本を読んでから、料理を作る時は「食材の一つ一つは、いろんな人がいろんな思いや苦労を乗り越えて、私のもとにやってきてくれた。こちらも気持ちを込めて調理しないと失礼」と思うようになった。

前は見逃しのドラマとか音楽を聴きながら料理してたりもしたけど、それをやめてから、このキャベツは香りが濃いな、とか、このピーマンはずいぶん肉厚だな、とか、五感が食材に向くようになった。

梅シロップを作って、取り出した梅をふやかして、種を取り出して梅肉でできた梅ジャムと梅みそ。ふやかした煮汁は冷やしてさっぱり梅ドリンクに。種も醤油と合わせて煮物に。 実が大きく、最後まで使い切りたくなるいい梅だった。ここまで使い切れると、とても得した気分。

梅シロップ用に今回初めて注文した梅は、とてもきれいな梅だった。とても丁寧に収穫され、丁寧に送ってくださったんだな、と生産者の梅への想いが伝わってくる梅だったから、なんとなく、大切に使い切りたくなった。

その本には、こんなことが書かれていた。

『作ってくれたものを食べる、ということは、作ってくれた人の命をいただくこと。だから、自分の命は大切にしないといけない。』

『野菜や、生き物の命をいただくことは、自分の体の一部になるということ。人に食べられる為に一生懸命、生きていたわけじゃない。ましてや、いい加減に生きている奴の体の一部になりたいと、誰が思う?だからこそ、その命をいただくなら、この体の一部になって良かった、と思える生き方をしないといけない。』

『生き物の命をつなぐ地球は、太陽や月からの絶妙な距離感だからこそ。それがわずかでもズレると、寒すぎるか、暑すぎるかで生命体が住める星ではなくなる。植物が育たない。』

いろんなことが積み重なって、今の生活がある。 食事ができて当たり前、着る服があって当たり前、目の前の当たり前は、誰かの命がけが積み重なったもの。

と考えると、全てのことに感謝したい。 また、自分が作った料理も、そんな風に思って「いただきます」と言ってもらえるようにできる時は時間もかけて作りたいと思う。

一人で料理をするようになって、毎日の献立とか、出来立てを食卓に出すには、何をどこまで作っておいて、どのタイミングで火をつけるか、段取りをある程度決めておく必要がある。これをほぼ毎日、母はしてくれていた。 私は社会人になっても、お弁当も作ってもらっていたので、母はどれだけの時間を費やしてくれていたのか。感謝しかない。

両親が私たちを育てるために費やした時間をいただいて今を生きている。私は、今までそこまで考えて「いただきます」を言ってなかった分、改めて気持ちを込めて言うようにしたい。

今までのつながりから頂いた命を無駄にしないように、次の世代にいい地球を残せるように、命をつなげていきます。

「いただきます」

因みにある本とは、旦那さんに激推しされた〈『いただきます』著者:喜多川 泰〉という本。私が言いたいことが、思ってる事がわかりやすくストーリーの中で書かれていた。自分の生き方、世の中の見方を変えるきっかけが欲しい方にお勧めです。